あのー、アレです。突然だけど、人生はままならない。わりと多幸感を味わってる時とかって無敵感あるんだけど追い風もあれば向かい風もあるので、上手くいくこともあれば上手くいかないこともある。当然なんですけど。あとそれでいうと、自分が何1つ変わっていなくても、環境が変われば、かっこよく言えば世界が針を進めれば、そこに自分との齟齬が生まれることもあります。あります?ある気がする。でまぁ、なんというか、哲学的な話をしたいわけではないのだけれど、君と同じように、デザインのアウトプットを長く生業にしていると、多少達観というか、半分諦めにも似た境地が少し見えてくる。ような気がする。そんな気もする。自分が変わらなければ世界が変わるし、世界に合わせて自分を変えたところで、今度は自分の本質を見失いそうになったりして、そうしてる間に時計の針はまた0時を指すというのに。
親しい人を失う、出世に失敗する、投資がうまくいかない、病を患う、天災に見舞われる、セーブデータが消える、恋人の友達がめちゃくちゃかわいい、先輩が怖い、エロ本の隠し場所が親にバレる、買ってきたアイスクリームを冷凍庫に仕舞い忘れる、ままならない。まぁ、ホント、まぁまぁな感じでままならない。
でもまぁ、なんというか、フワッとした言い方をするなら世界がそこにあって、結局そこへのアプローチでしか自分のアイデンティティなんて測れないんじゃないかなぁとか思う。たぶん。アプローチし続けるしかない。なんというのかな、深海で潜水艦が音を放ち続けて進むように、コウモリが暗闇を飛ぶように、エコー、ソナー。対象物との距離を、アプローチし続ける事で測るっていう。
あーつれー、って思う。なんでだよって思う。自分は不幸だなって思う。ひとしきり悔やんで、ひとしきり泣いたら、またアプローチしつづけるしかない。
僕の中では生きてるってのはそういう事なのかなと思う。逆に言うとままならない時にできることってそれだけなのかなと思う。

長くなったけどここまでが前置き。

さて、君は癌になったわけだけど。ずっと考えてた。何ができるかなって。
ほんとにままならないよね。人生は。
僕はその苦しみや辛さをわかってあげられないけど、20年を一緒に過ごして1つだけわかったことがある。君の悲しみはわからないのだけれど、君が悲しいことが僕は悲しい。君が悲しいということが、それが僕のままならなさだと思うから、世界と繋がっていたい。世界で君と繋がっていたい。

君が、僕の書く文が好きだというから、日記を書きます。
これから毎日。いつか、読んでもらえるだろうか、書いたよと言うだろうか。

 

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